松本雅弘牧師の日々のみことば

月曜から金曜の毎朝、高座教会の牧師からメッセージをお届けします

カンバーランド長老キリスト教会高座教会の松本雅弘牧師が毎朝配信しているメール「日々のみことば」のサイトです。

今朝のみことば

聖書を自分に語られた言葉として聞く

「彼らは助け合い、互いに励ましの声をかける」(イザヤ41:6)

「『また、ほかの種は良い土地に落ち、芽生え、育って実を結び、あるものは三十倍、あるものは六十倍、あるものは百倍にもなった。』そして、『聞く耳のある者は聞きなさい』と言われた。」(マルコ4:8−9)

 ある時イエスさまは《4つの種の譬え》を御語りになりました。蒔かれる御言葉の種はみな同じです。一つひとつの種には命が宿っています。では、どこにちがいがあるのでしょう?
それを受け止める《私の心の姿勢》という「土壌」のちがいがありました。
道端、石だらけの地、茨の中。そこにいくら種が蒔かれても実を結ぶまでに成長しません。言い換えれば、御言葉を自分のこととして聞く姿勢がない時、聖書の知識は増えますが、あなたの生活の中には何の変化も起こらないでしょう。
では、どうしたらよいでしょうか?自分に語られたこととして聞くことです。「この御言葉、亭主にぴったりだわ」と思って聞くことはないでしょうか?
「息子に聞かせてやりたい」と感じることはないでしょうか?亭主や息子に聞かせる前に、まずはあなた自身に語られた御言葉として聞くことが大切です。
聖書に登場する信仰の先輩たちの誰もが、常に自分のこととして御言葉を聞く習慣を持っていました。それが基本です。その基本に立ち返る必要があります。
そのようにして御言葉に聞く時、時に罪が示されることがあります。また十字架の意味がよく分かり、赦しの実感が与えられる経験をするでしょう。
熱心にきよめを求め、神さまの愛に応え、御言葉に従いたいという思いが起こされていくでしょう。あるいは御言葉が示されても、従うことの出来ない自分と直面し、そのことのために悲しみ、悔い改めに導かれていくこともあるかもしれません。
こうしたことが全て、聖書の言葉をあなた自身に語られた言葉として聞く時に起こることなのです。ぜひ、試してみてくださいね。

 いってらっしゃい。

 牧師 松本雅弘