松本雅弘牧師の日々のみことば

月曜から金曜の毎朝、高座教会の牧師からメッセージをお届けします

責任をもって生きるということ

「アダムは答えた。『あなたがわたしと共にいるようにしてくださった女が、木から取って与えたので、食べました。』」(創世記3:12)

 アダムとエバは、自分たちの罪の責任を回避するためにありとあらゆることを行いました。アダムは「彼女が私にその木から取って与えたので食べました」と言って妻に自分の罪をなすりつけました。
しかも、神さまをさして、「他でもないあなたが私と一緒にしたその女が私に食べさせたのです」と、神さまを責めています。一方エバはエバで、「ヘビがだましたので食べました」とヘビに責任転嫁したのです。

 では、こうした彼らに対して神さまはどうされたのでしょうか?神さまは彼らの言い訳を取り上げようとはなさらず、裁きを宣告されたのです。
 私たちの経験する不幸の1つは、責任をもって生きることが出来ないことだ、とある人は語っていました。自分がやったにもかかわらず、他者を責めてしまう。それも親しい人を責めてしまうことがあります。
 でも、聖書の教える赦しと回復は、自らがなしたことの責任を引き受けて生きることを始めるまでは、決して実現しないことを知らされるのです。
 悔い改めが、本当に真実なものなのかどうかは、自分自身の行動に対して言い訳をしないかどうかにかかっています。

 聖書の神さまは、私自身の行動の責任を他人に求めるお方ではなく、あくまでも私に求められます(2コリント5:10)。

 これは私たちの人間関係の中に平和をもたらす大切な秘訣です。
 何か示され、気づかされたことがあれば、謙虚に、頭を下げ、主と共に責任をとる責任を取る行動に努めたいですね。そのようにして信仰の成長へと導いていただきたいと願います。

 いってらっしゃい。

 牧師 松本雅弘