松本雅弘牧師の日々のみことば

月曜から金曜の毎朝、高座教会の牧師からメッセージをお届けします

系図をとおして学ぶこと

「ナオミはその乳飲み子をふところに抱き上げ、養い育てた。近所の婦人たちは、ナオミに子どもが生まれたと言って、その子に名前を付け、その子をオベドと名付けた。オベドはエッサイの父、エッサイはダビデの父である。」(ルツ4:16,17)

 ルツ記は、系図をもって締めくくられています。
「ペレツの系図は次のとおりである。ペレツにはヘツロンが生まれた。ヘツロンにはラムが生まれ、ラムにはアミナダブが生まれた。アミナダブにはナフションが生まれ、ナフションにはサルマが生まれた。サルマにはボアズが生まれ、ボアズにはオベドが生まれた。オベドにはエッサイが生まれ、エッサイにはダビデが生まれた。」(ルツ4:18−22)

 ボアズとルツの間に生まれたオベドはエッサイを生み、エッサイからイスラエル史上、王の王と呼ばれるダビデが生まれていくのです。
この系図は、のちにルツ記を読むイスラエルの人々にとって二つの意味で大変ショッキングなものでした。
 一つは、ルツがあの偉大な王様ダビデの祖父の母親であったという事実。
 もう一つは、ダビデを生み出す家系の中に二人の異邦人が入っていたという事実です。1人はモアブの女ルツ。そして、もう一人は「サルモンにはボアズが生まれた」とありますが、マタイの福音書第1章の系図によれば、「サルモンはラハブによってボアズを」となっていますように、このラハブという女性はカナン人でした。しかも、ヨシュア記によればこのラハブは遊女であったことがわかります。
私たちも自分ではどうしようもないと思える背景、環境があり、また能力にも限界があります。変えることのできないことのゆえに、悩みも大きいかもしれません。そして、周囲の目や、自分の心の奥にある劣等感のゆえに押しつぶされそうになることもあると思います。しかし、この系図を見る時に、神さまが教えてくださることは、その心が、まったく別のものの見方で支配される必要があるのだということだと思います。
この一年を振り返って見てみましょう。そして、その一歩一歩に神さまの恵みを数えてみましょう。
 明日は新年礼拝があります。新しい年を主を礼拝するところから共にスタートを切っていきたいと願います。

 いってらっしゃい。

 牧師 松本雅弘