松本雅弘牧師の日々のみことば

月曜から金曜の毎朝、高座教会の牧師からメッセージをお届けします

神に愛されていることから来る力

「御父がどれほどわたしたちを愛してくださるか、考えなさい。」(1ヨハネ3:1)

 ある美術館で青年が絵の前で立ち止まったまま動こうとしません。その目は涙が溢れていました。
 その絵とは荊の冠をかぶらせられたイエスさまの絵です。人々の笑いものにされ、棘だらけの荊の冠をかぶせられた頭からは血が流れ、顔は痛みで歪んでいました。この直後にあの十字架の苦しみが待ち受けていました。
 青年はその絵と出会った翌日から人生が変わりました。イエスさまの苦しみの意味、十字架の意味がはっきりと分かったからです。自らの罪の深さとそれを贖う十字架の愛に触れたからです。彼の名はツィンツェンドルフといいました。
 本物の愛に触れる時、あなたは自分が自分であることを喜ぶ者へと変えられます。愛の源である神さまに出会う時、人を妬む思い、羨む思い、軽蔑する思いから解放されます。
逆に、人を大事にし、良さを認め、評価し、愛する者へと変えられていく。神さまの恵みの福音にはそうした力があるからです。

 以前、テレビを見ていましたら、そこに世界的に著名なチェロの演奏家が出演し、素晴らしい演奏を披露していました。演奏の直前、司会者が、「これから演奏していただくのに、まったく緊張されていませんね。何故ですか?」と訊ねました。
すると彼は、「年を取ってきたからでしょう」と笑顔で答えた後、「自分を証明する必要性を感じなくなったのです」と結んでいました。
 躍起になって自らの力や立派さ、賢さや美しさを証明することから自由になった。つまり、人と比較して生きる生き方をしないで済んでいた。私は彼がクリスチャンなのではないかと思いました。
神さまが彼のすべてを御存知のうえで愛しておられる。その愛に触れていたからだと思います。
 そして神さまはあなたに対してもそうなのです。このこと、忘れないでくださいね。

 いってらっしゃい。

 牧師 松本雅弘