松本雅弘牧師の日々のみことば

月曜から金曜の毎朝、高座教会の牧師からメッセージをお届けします

十字架の死

「そこで、彼らはイエスを十字架につけた。」(ヨハネ19:18)

 十字架によって人を処刑する方法は古代社会においてローマ帝国以外の地域でも広く行なわれていたようです。ご存じのように十字架刑ほどむごたらしい処刑はありませんでした。
福音書はこぞって十字架刑について触れていますが、福音書以外の古代文献は、詳しい記録や描写を控えました。それ程、むごたらしいものだったからです。
ローマ人哲学者キケロは、十字架について、「最も残酷で嫌悪感を起こさせる処刑」と表現し、ユダヤ人の歴史家のヨセフスは「最も悲惨な死に方」と表現しているそうです。

 また、十字架刑は大変激しい痛み、苦痛を伴うものでした。
先ほどのキケロは、十字架刑とは、ゆっくりと痛めつつ、殺す処刑方法であり、誰も、このような処刑方法を望む者はいないであろう、と語っているそうです。
 さらにまた、十字架刑は下層階級の者たちに限って執行された処刑方法でもあり、奴隷や犯罪者に限って行われていたそうです。
 この十字架刑ですが、犯罪者は、釘もしくは綱で固定されます。また腕にかかる体重を少しでも分散させるために足を掛ける動物の骨でできたような突起物を使ったりしたそうです。
 こうした中で、十字架は実際には直接的な死因となるのではなくて、血液循環と呼吸機能に影響を及ぼす形で苦痛と共に次第に弱っていく、と言う形で死んでいったようです。

 イエスさまは、処刑方法としては最も残虐な処刑方法で殺されていきました。
 聖書は、本来ならば、この十字架で死ななければならなかったのは、あなたですよ、と語っています。しかし神さまは、そうしたあなたを救いたいと願われた。滅んでほしくないと思われた。
その結果、御自分の独り子イエスさまを、あなたの身代わりに十字架で処刑し、救いの道をひらいてくださったのです。
 このことを覚えながら、今日一日を過ごしましょう。

 いってらっしゃい。

 牧師 松本雅弘