松本雅弘牧師の日々のみことば

月曜から金曜の毎朝、高座教会の牧師からメッセージをお届けします

信仰者の主体性

「『今や、わたしの神、主は周囲の者たちからわたしを守って、安らぎを与えてくださり、敵対する者も、災いをもたらす者もいません。
ここに至ってわたしは、わたしの神、主の御名のために神殿を建てようと考えています。』」
(列王記上5:18−19)

 ある時イエスさまは、弟子たちに「人々はわたしのことを誰だと言っているか」と訊ねました。
すると弟子たちは、「洗礼者ヨハネ」、「エリヤ」「預言者の一人」と人々が言っていることをイエスさまに伝えたのです。
すると弟子たちをご覧になり「それでは、あなたがたはわたしを何者と言うのか」と訊ねたのです。

 ところで、高座教会は「四世代が喜び集う教会」を祈り求めています。私は一代目クリスチャンですが、教会の中には幸いなことに四代目クリスチャンの方も結構おられます。
しかし信仰が代々続く中、ともすると受け身的な信仰になることがあるので、父母や祖父母の世代から受けた恵みを、もう一度、自分のこととして受け取り直すことが大切になってきます。
 イエスさまの「あなたはわたしを何者と言うのか」という問いは、あなたの人生で最も大切な問いかけではないでしょうか。
 ソロモンは、父ダビデの信仰を自分のこととして受け取り直していました。その結果、「わたしの神、主」と祈れたのです。
勿論「わたしたちの神、主」と言ってもよかったでしょう。何故、「わたしたち」とは言わずに「わたしの」と言ったのでしょうか。
それは、父が信じ、父を支えた神は、今の自分を支え、生かし、導いてくださるお方であると確信していたからです。ソロモンは主との出会いを経験していたからです。
 「わたしの」と言って主を独り占めしているわけはありません。むしろ主体的に主への信仰を表明して生きている姿があるのです。

 いってらっしゃい。

 牧師 松本雅弘