「そればかりか、わたしの主キリスト・イエスを知ることのあまりのすばらしさに、今では他の一切を損失とみています。キリストのゆえに、わたしはすべてを失いましたが、それらを塵あくたと見なしています。」(フィリピ3:8)
アントニー・デ・メロというクリスチャンが『小鳥の歌―とても短い123の物語』という本を書いています。
その中に「キリストを知ること」というタイトルの物語がありました。
そこには、つい最近、クリスチャンになった人と彼の友人との間に交わされた次のような会話が出ていました。
「そこできみはクリスチャンになったというわけだね?」
「そうだよ」
「ではきみ、キリストについてたくさんのことを知っているにちがいない。話してくれたまえ。彼はどこの国で生まれたの?」
「知らないよ」
「死んだとき、何歳だったの?」
「知らないよ」
「彼がした説教の数はいくつ?」
「知らないよ」
「きみはキリスト教徒になったけれど、キリストについて殆ど知らないんだね?」
「そのとおりさ。キリストについて殆ど知らないことが恥ずかしい。でも、これだけは知っている。3年前、ぼくは酔っ払いだった。借金があった。
ぼくの家族はバラバラになってしまっていた。妻と子どもは、毎晩、ぼくが家に戻るのを怖がっていたんだ。
でも今、ぼくは飲むのをやめた。借金もない。ぼくの家庭はしあわせだ。子どもたちはぼくの帰りを毎晩とても待ち望んでいる。
これはみんな、キリストがぼくにしてくれたんだ。ぼくはキリストについて、このことだけは知っているんだ!!」
そして、アントニー・デ・メロは、その文章を次のように結んでいました。
「ほんとうに知ることは、知っていることによって人間が変わることです。」
あなたはキリストをどのように知っておられますか?
いってらっしゃい。
牧師 松本雅弘