松本雅弘牧師の日々のみことば

月曜から金曜の毎朝、高座教会の牧師からメッセージをお届けします

隠れたことを見ておられる神

「それは、あなたの断食が人に気づかれず、隠れたところにおられるあなたの父に見ていただくためである。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父が報いてくださる。」
(マタイ6:18)

 牧師をしていてつくづく思うのですが、目に見える事柄を形作ることは、大変だけれども比較的たやすい。これに対して、目に見えないものを形作ることは、いかに大変かと思うのです。
 例えば「信仰生活の5つの基本」、すなわち、宣教、礼拝、聖書と祈り、小グループ、そしてクリスチャン・スチュワードシップ。
それらの実践を大事にしながら信仰生活を送ることは、私たちの信仰の成長にとって大切なことです。
 ただ、そこには落とし穴があって、その5つは、ほとんどの場合、お互いの目には隠れているところですので、後回しになる誘惑がいつも付きまとっているように思います。
 ところで、イエスさまは、神さまのことを「隠れたところにおられるあなたの父」、そして「隠れたことを見ておられるあなたの父」と紹介しておられます。
 神さまというお方は、隠れたところにおられるゆえに、私たちの肉眼では見えないお方です。だからと言って、決して侮ったりしてはなりません。
何故なら、そのお方こそ隠れたことを見ておられるお方だからだ、とイエスさまは教えてくださいました。

 イギリス人牧師、ジョン・ストット先生が、この聖句を注解して次のように書いていました。
「ですから、私たちは、自分が誰の目を意識して生活しているか、ということに常に注意を払っている必要があります」と。
 あなたは、誰の目を意識して暮らしていますか?
ともすると神さま以外の「世間」の目が気になる私たちですが、今日、意識して、父なる神さまの慈しみ深い眼差しを感じながら、そのお方に喜ばれる生活を送ることを心がけてみましょう。

 いってらっしゃい。

 牧師 松本雅弘