松本雅弘牧師の日々のみことば

月曜から金曜の毎朝、高座教会の牧師からメッセージをお届けします

御言葉に信頼し生きる主イエスの姿勢

「神の子なら、これらの石がパンになるように命じたらどうだ」(マタイ4:3)

主イエスは、公生涯の初め、悪魔からの誘惑をお受けになりました。その1つが、今日の聖句です。
ここで悪魔は、主イエスに対し「命令するように」と誘惑しています。「上に立って、上から物を言うように」、「高ぶりなさい。神の子なのだから」という誘惑です。
そして、もう1つ、「お腹が空いているのだから、石でも何でもパンにしたらどうですか」と簡単な方法で欲求を満たすようにとの誘惑でもあります。
「あなたの欲しいものをすぐに手に入れなさい。そのために人に命じ、人を利用してもかまいません」。つまり傲慢と所有欲をくすぐる誘惑です。
ところで傲慢と所有欲はものの見事に相関関係があるように思います。
強引に石をパンにし、欲しい物を手に入れると、次に生じるのが高ぶる思いでしょう。そして命令して人を動かして何かを成し遂げられるように考える。
「石がパンになるように命じてごらん」。悪魔の言葉そのものです。命令して何かが出来ると思わせる誘惑です。これに対し主イエスはどうされたのでしょうか。
「『人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる』と書いてある」と言われたのです。
この後、福音書を読み進めて行きますと、主イエスは終始一貫し、この姿勢を貫きました。十字架にかかるその苦しみの頂点における場面でさえも、天の12の軍勢に対して何一つ命令をくだしませんでした。
むしろ謙遜に、父なる神さまにすべてを委ねて、仕える者の姿として十字架におかかりになりました。
説得し、命令し、指示して何かができるわけではありません。主イエスの姿を見るならば、ただただ仕えていく姿があります。祈って神さまに委ねていく姿勢があります。神さまの御言葉に信頼していく姿しか、そこにはないのです。

いってらっしゃい。

牧師 松本雅弘