松本雅弘牧師の日々のみことば

月曜から金曜の毎朝、高座教会の牧師からメッセージをお届けします

立ち帰るべきお方

「ダビデ王は多くの日を重ねて老人になり、衣を何枚着せられても暖まらなかった」(列王記上1:1)

 列王記上第1章に「王位継承の争い」という見出しがついています。昨日のメールの通り、列王記の著者は預言者であったと言われます。
王国の分裂、それに続く北王国の滅亡、そして南ユダ王国がバビロニアによって滅ぼされ、王をはじめ大勢の人々がバビロンへの捕囚を経験した出来事まで記しますが、預言者としての鋭い視点を持って歴史を紐解いているのが列王記の著者です。
その彼が考えに考えた上で筆をとって書き始めた言葉が1章1節にある「ダビデの老いの現実」でした。
つまり「王位継承の争い」の発端は、老いたダビデが後継者をはっきりとしないままに時が流れていった「決断力に現れた衰え」に原因を求めているのです。
さらにまたダビデの決断を遅らせた原因は、彼の肉体的、精神的衰えだけではありませんでした。
ダビデは本当に素晴らしいリーダーでしたが、こと、わが子のことになると自分自身を見失う傾向があました。そのことも後継者指名を遅らせた原因だったようです。
 私たちも日々の生活の中で失敗することがあります。その結果、この時のダビデのように周囲に多大な迷惑をもたらすことだってありうることでしょう。
 さて、こうした中、ダビデは何をしたのでしょうか。彼は王として大切な行動を起こしました。つまり御言葉の約束に立ち帰ったのです。
 確かにダビデは年齢から来る衰えがありました。また、子どもとの関わりにおける弱さも影響していたことでしょう。
でも預言者を通して神さまの御心が示されるやいなや、今まで受身のように見えたダビデが、一転、出来ること、いや、すべきことを最後まで責任を持って果たしているのです。
 失敗をすることがありますが、そうした時に、どこに立ち帰るのか。ダビデの生き方は私たちの模範になることだと思います。

いってらっしゃい。

牧師 松本雅弘