松本雅弘牧師の日々のみことば

月曜から金曜の毎朝、高座教会の牧師からメッセージをお届けします

問題を抱えたまま主に従う

「サムエルは生涯、イスラエルのために裁きを行った。毎年、ベテル、ギルガル、ミツパを巡り歩き、それらの地でイスラエルのために裁きを行い、ラマに戻った。そこには彼の家があった。
彼はそこでもイスラエルのために裁きを行い、主のために祭壇を築いた。」(サムエル記上7:15−17)

 今日の聖句は、サムエルの生涯を総括するような御言葉です。
この聖句を読む時に、サムエルの多忙さが目に浮かぶ思いがします。家にいる時よりも、巡回で家を留守にする期間の方がはるかに多かったのでしょうか。子どものことはすべて妻にまかせっぱなしだったかもしれません。
興味深いことに、聖書はサムエルの母親のハンナのことは詳しく述べていますが、サムエルの妻について口を閉ざしています。名前も出てこない。いや、それ以上に、一言も触れられていません。サムエルと妻の夫婦の関係はどうだったのでしょうか?
一昔前の日本社会のように、家事や育児をぜんぶ妻に任せっきりの家庭が、サムエルの家庭だったのかもしれません。
聖書を読むかぎり、サムエルは夫や父親としての責任をおろそかにしがちで、確かに公人として立派な働きをしたとしても、今朝の聖句は私人としてのサムエルの責任を問題にしているのかもしれません。
そのような意味で、「ワークアンドライフバランス」を問われる私たちにとって、サムエルはとても身近な存在のように感じるのです。
さて、そうした私たちにとっての慰めはどこにあるでしょう。主イエスは、「自分の十字架を負って従ってきなさい」と招かれました。
それは、「問題(自分の十字架)を抱えたまま私のところに来なさい」という招きの言葉でもあるのです。
問題があること自体が問題ではありません。むしろその問題を通して、いかに主イエスに近づき、それと取り組みながら主に従うかが、私たちに問われていることなのですから。

 いってらっしゃい。

 牧師 松本雅弘