松本雅弘牧師の日々のみことば

月曜から金曜の毎朝、高座教会の牧師からメッセージをお届けします

礼拝者ダビデ

「そこに主のための祭壇を築き、焼き尽くす献げ物と和解の献げ物をささげた。主はこの国のために祈りにこたえられ、イスラエルに下った疫病はやんだ。」
(サムエル下24:25)

 ダビデは、生涯の最後のところで、人口調査の罪を犯しました。しかし神さまは彼を憐れみ、預言者をつかわし悔い改めへと導かれました。
その直後主は、エブス人アラウナの麦打ち場に行き、祭壇を築くようにと命じられました。彼はすぐに主の命令に従い、費用を惜しまず祭壇を築き、礼拝を捧げたのです。
その結果、主の一方的な憐れみにより、ダビデと民への裁きは過ぎ越していきました。
人口調査のような、一見、罪とは無関係の出来事の中に、ダビデの野望が隠れた罪として潜んでいました。
王という立場が立場だけに、罪のもたらす影響は深刻で、大勢の人々の命を奪う結果となったのです。
以前、妻とあるセミナーに参加しました。しばらく静かに神の御前に静まったあと、講師が次のような質問をしました。
「『あなたの命はあと六ヶ月です』と告げられたら、その六ヶ月をどのように過ごしますか」。心の中で考えました。「あれもやろう、これもやりたい・・・」。
でも、命に限りがあることを知った後、そうした「あれ」や「これ」が最も大事なものではないことに気づかされました。
しばらくして講師は、さらに次のように語られたのです。「では、その六ヶ月の枠を外し、今日から示された生き方を始めてみましょう。」
今日、どこかで、この二つの問いを考えてみてください。
あなたの日々の歩みは、あなたが何を大事にしているかを証ししています。
ダビデは礼拝者として、「主を礼拝するために民は創造された」ことを次世代に継承するための生き方を選びとっていきました。
私たちも主を賛美し、礼拝をもってお仕えするために生かされている者です。そうしたことのために「余命」を用いていきたいですね。

 いってらっしゃい。

 牧師 松本雅弘