松本雅弘牧師の日々のみことば

月曜から金曜の毎朝、高座教会の牧師からメッセージをお届けします

キリストの真実によって

「しかし、人が義とされるのは、律法の行いによるのではなく、ただイエス・キリストの真実によるのだということを知って、私たちもキリスト・イエスを信じました。」(ガラテヤ2:16)
 先日、「道の駅」で、「今、なぜ聖書協会共同訳なの?」というお話をさせていただきました。お話の準備をしながら非常に大きな変更箇所があることを知らされました。それはガラテヤの信徒への手紙2章16節です。新共同訳が「キリストへの信仰により義とされる」と訳す部分を、新たに使い始めた聖書協会共同訳では「義とされるのは…キリストの真実による」としています。 聖書における「義とされる」とは「神と良い関係を持つ者とされる」という意味ですが、それが私たちの側のキリストへの信仰にかかっているのでなく、キリストご自身の真実さにかかっているというのです。 信仰が強いから弱いからではなく、からし種一粒の信仰でも主イエスに心を向けて助けを乞うならば、主は真実で確かなお方だから、私たちを受け入れてくださる。もうそれしかないのではないか。だからこそ恵みであり、福音なのではないでしょうか。 確かに罪を犯すならば、現実には、蒔いた種の実の刈り取りを、場合によっては生涯、求められるかもしれません。そうした時にも主イエスが人生の同伴者として蒔いた種の実を一緒になって拾ってくださり、究極的に主の赦しの愛の中に置かれるのです。 晩年のペトロは、祈る度に涙を流していたと言われています。それは心から愛している主イエスを裏切ってしまった自らの罪を悔やむ涙であり、同時にそうであるにもかかわらず、真実を貫き十字架で罪を贖ってくださった主に対する感謝の涙だったと言われています。私たちは、この驚くばかりの恵みに与っています。だからこそ、今日も共に、神に愛された者としての新しい生き方を選び取って生きていきましょう。
いってらっしゃい。
牧師 松本雅弘
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