松本雅弘牧師の日々のみことば

月曜から金曜の毎朝、高座教会の牧師からメッセージをお届けします

敬老の日を迎えて

「ですから、あなたがたは、もはやよそ者でも寄留者でもなく、聖なる者たちと同じ民であり、神の家族の一員です。」(エフェソ2:19)
 最近は、家族がらみの犯罪や事件が、普通に、そして頻繁に起こるようになりました。ですから、手放しで「家族」のことを取り上げることが難しくなっていると思います。いやむしろ家族に対してよい思いをもつ人の方が少なくなってきているのかもしれません。 特にコロナ禍で、家族同士が様々な経験をし、それが傷となっている人が少なくありません。  このように「家族」という言葉自体によいイメージをもてなくなっている状況の中、敢えて聖書は教会を「神の家族」と呼んでいます。 聖書が教える家族とは何でしょう。それは「ありのままの自分で居ていいところ」ということです。色々な弱さや欠けを持ち、傷や痛みを抱える私たち一人一人の居場所、一人一人が大切にされる場、それが神の家族が集う教会という家庭でしょう。もっと言えば、面倒をかけたり、かけられたりすることが許されるところです。 以前、ある方が、「年を重ねる喜びは、こういうことですよ」と言って、私に「最上のわざ」という詩をくださいました。
この世の最上のわざは何?/楽しい心で年をとり/働きたいけど休み/しゃべりたい けれど黙り/失望しそうなときに希望し/従順に、平静に、おのれの十字架を担う/ 若者が元気いっぱいで神の道を歩むのを見ても、ねたまず、/人のために働くよりも、 謙虚に人の世話になり/弱ってもはや人のために役立たずとも、親切で柔和であること
本当にそうなのだなあ、と思いました。ある人は、聖書の教える神の家族を「自分の力の及ぶかぎりは人を助けると共に、自分の力の及ばないところでは人の助けを快くうけいれる、そういう場である」と定義しました。なぜ、それが可能でしょうか?それは神さまが私たちの親だからです。
いってらっしゃい。
牧師 松本雅弘
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